都紀女加王墓前バス停で待つ。

長崎生まれ佐賀育ち 中高福岡大阪在住 完全趣味の自己満足ブログ。 @tsukimecha

EU4戦記 ザクセン編⑬ 揺れるビルング家

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tsuki-mecha.hatenablog.com

 

第13代ザクセン王フリードリヒ・アウグスト2世の時代。

 

1424年、7年の歳月をかけて3代目の旗艦が完成。名前は「佐賀」。ネタ切れ感が否めない。

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EU4戦記 ザクセン編⑫

 

1325年、ビザンツ帝国に宣戦布告。

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EU4戦記 ザクセン編⑫

敵にラシュカ公国とゼータ公国。ザクセン軍はトランシルヴァニア方面から、同盟国軍はクロアチア方面からバルカン半島に進軍した。

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EU4戦記 ザクセン編⑫

ザクセンの宣戦布告に合わせてハンガリー王国ビザンツ帝国に宣戦布告。2つの戦争を同時進行で行わされたビザンツ帝国は劣勢に。このままハンガリー王国が拡大するのも癪なので今回は早めに和平。

ビザンツ帝国からは黒海沿岸を割譲し、次回の戦争では難攻不落の首都コンスタンティノープルを目標とした。

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EU4戦記 ザクセン編⑫

 

1433年

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EU4戦記 ザクセン編⑫

スコットランド王家が断絶。かつて婚姻を結んでいたことによりザクセン王の同君下位国になることが決定。しかし、それに異を唱えたのがトルトナ公国。これによりスコットランド継承戦争が勃発するも、戦力差は明らかでザクセンは無事スコットランドを継承した。

 

1436年

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EU4戦記 ザクセン編⑫

前話の通り、ザクセン系ビルング家は断絶し次の後継者はオーストリアのフォルムバッハ家から迎えられていた。しかし、この後継者が死去(暗殺説)。同年に生まれていた遠戚のビルング家の幼児が新たな後継者となり、ビルング家は継続することとなった。

そのわずか2ヵ月後、フリードリヒ・アウグスト2世が死去。アンネグレートが摂政となった。

 

1438年

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EU4戦記 ザクセン編⑫

ビルング家はザクセン系、ブランデンブルク系、マイセン系、ポーランド系に分かれていた。そしてこの年ポーランド系が断絶しマイセン公の同君下位国となった。これに異を唱えたのがフランス。ここにポーランド継承戦争が勃発する。もしザクセンに摂政ではなく王が即位していたら、きっとポーランド王位はザクセンのもとに転がり込んでいたであろうと考えるととても残念。

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EU4戦記 ザクセン編⑫

ザクセンはアールストの敗戦を糧にして国境付近に強固な要塞を建設していた(マジノ線)。これによりザクセンネーデルラントへのフランス軍の深入りを防止し、その間にブルガンディーからマイセン、ポーランド軍が合流する時間を稼ぐことに成功。だが、されど大国。7年に及ぶ攻防の末フランスはマイセンのポーランド継承を容認し、ザクセンもフランスから2郡を獲得した。

 

1446年、摂政アンネグレートが死去。摂政評議会が置かれ、王の即位まで他国への宣戦布告ができなくなる。

 

1451年、クリスティアン1世が第14代ザクセン王に即位。

同年、マイセン公からオーストリアへの出兵要請があったが、ザクセンオーストリアとの同盟を結んでいるためこれを拒否。これに対してマイセン公はザクセンとの同盟を一方的に破棄した。クリスティアン1世はこれに激怒し、マイセン公の同君下位国にされたものの独立を図っているポーランド貴族への支援を始める。

 

1456年、マイセン公に対してポーランド独立戦争を展開。ザクセンポーランドを支援し、ポーランド帝国が再興。だが、ポーランドのビルング家は断絶し、同じビルング家のマイセンとの関係も悪化してしまった。