都紀女加王墓前バス停で待つ。

長崎生まれ佐賀育ち 中高福岡大阪在住 完全趣味の自己満足ブログ。 @tsuki_mecha2000

祝!九州!

https://m.youtube.com/watch?v=UNbJzCFgjnU

↑この日、新鳥栖駅まで映りに行ったんですが間に合わなかった。九州新幹線内最長の筑紫トンネルに入る直前を狙ってた。惜しい。

 

 

鉄道会です。興味ない人は私の島の帝国議会でも見て行って下さい。サムネ詐欺。

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ふとネット見たら「特急かもめ」の門司港駅始発があるみたいな記事に出会ったので調べてみたら確かにあった。

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特急かもめ101号、佐賀行き。これ見た時少し驚いた。

 

 

私が幼少期から地元を爆走してた特急かもめ(特に885系の白いかもめ)はもう憧れの対象だったわけで、スタイリッシュなあのボディ!には何度も魅せられた。私の通ってた小学校の近くを長崎本線が走ってて、踏切を列車が渡る音で何の列車が通ったか見ずに分かる特技でクラスの人気者になってたわけだ(嘘)。こいつは6両で速度が早いのが判断基準。

 

それは置いといて、こんな憧れのかもめを始めとする長崎本線の特急列車には一つの限界があった。それは博多駅より遠くに行けないこと。どんなにかっこよくても博多止まり。博多を超えることができるのは朝の各駅停車と深夜の寝台特急あかつきのみ。だから、博多より遠方の地域は私にとって「遥か彼方」って認識だった。だからこそ京都まで行く寝台特急あかつきを神聖視してたわけだけど。

 

前も書いた通り私の鉄道への愛着はその遥かなる距離に対するロマンから始まる(https://tsuki-mecha.hatenablog.com/entry/2018/10/19/181259)。地元吉野ヶ里を爆速で通過するかもめやみどりが博多より遠くを走ることを夢見ながら、博多より遠くが容易に辿り着けない場という理想郷的な感情を抱いていた。結局、当時から10年以上はかもめが博多を越えて走ることはなかった(はず)。

 

という前提があったから私は衝撃だったけど当時の私に聞かせたらこれ以上の反応をするだろう。今はそこまでの感動はない。時代も私も変わった。何なら長崎新幹線なるものがもう間近に迫っているという。これからもどうなることやら。

ベルナドットという男

前回→https://tsuki-mecha.hatenablog.com/entry/2020/02/13/221612

 

男シリーズ第9弾。今回は初の西洋人、ベルナドット。こいつもまたすごい。ドラマ。

 

ベルナドットはフランス革命期の軍人。フランス革命の中で頭角を現し、ナポレオンのライバルとなっていく。1804年にナポレオンが皇帝に即位すると、これ以降はその下で共に戦っていく。

 

ナポレオンがヨーロッパを席巻する上で重要だったアウステルリッツ三帝会戦。これにより神聖ローマ帝国は解体されてライン同盟が結成される。残るプロイセン王国もイエナ・アウエルシュタットの戦いで完全に制圧された。この二つの戦いでもベルナドットは大きな功績を残している。ナポレオンと並んでまさにフランス帝国の英雄と言えるだろう。

 

ナポレオンとベルナドットはフランス帝国のため共に戦いながらも意見の食い違いも多く、二人の仲は上手くいかなかった。そんな時、ロシアに負けて疲弊したスウェーデン王国からベルナドットに王位を継承しないかという話がスウェーデン王国貴族から持ち上げられる。これは、かつてベルナドットがナポレオンの命令に反してスウェーデン侵攻を思い止まったこと、スウェーデン王国ボナパルト家(ベルナドットの妻はナポレオンの遠戚であった)と繋がることで後ろ盾を得ようとしたことから成り立った。

 

ナポレオンは別の王位継承者を立てるがスウェーデン国内でのベルナドットの人気は高かった。そして時のスウェーデン王カール13世の養子となり、名をカール・ヨハンに変更し(ここでは以降もベルナドット表記でいきます)王位継承権を獲得。

 

ここで王というものについて語っておきたい。王=kingはドイツ語のkönigから来ており、これはゲルマン語で血統を意味した。つまり、王とはその民族の血統を受け継いだ第一人者というわけ。ヨーロッパの各国が他国からでも王様を連れてきたのはこの血統を重視していたから。

だから、ベルナドットが王位継承権を得るのは異例中の異例。だって一介のフランス人軍人だからね。こりゃすごい。

 

ベルナドットはスウェーデン王国の摂政にもなり政治を行った。ナポレオンにとっては自国の軍人がスウェーデンの指導者になったことはスウェーデンをも支配下に入れたも同義であったが、ベルナドットはナポレオンへの反発を強くしていた。まず、ベルナドットはスウェーデンの経済状況からフランスによる大陸封鎖令を無視してイギリスと貿易を行う。対してナポレオンはベルナドットに無断でスウェーデンの領地を侵害し、ここに両者の関係は完全に絶たれた。

 

1812年ロシア遠征にはナポレオンからの出兵要請を無視したどころかロシアと密かに手を組み、ナポレオンの敗北の遠因にもなった。その後スウェーデン王国は第6回対仏大同盟にも参加しフランスへの対抗心を強める。そして1813年、ベルナドットとナポレオンはライプツィヒの戦いで相見え、遂にナポレオンを打ち破る。が、この戦いでベルナドットは同じフランス人である敵兵を殺すことに躊躇し、できるだけ和平の道やプロパガンダによる心理戦を展開していた。この行動は同盟国であるロシアに不信感を募らせら結果になり、ベルナドットは完全な板挟みの状態にあった。

 

1813年にはフランスの力の及ばなくなったデンマークに侵攻しノルウェーを割譲。ナポレオン退位後の1814年には一度パリに戻り、スウェーデン王国ノルウェー領有を宣言した。これが最後のフランス凱旋になった。

 

ナポレオンの100日天下後、行き場を失ったナポレオンの部下達をベルナドットはスウェーデンで受け入れた。また、同僚であったミュラーやネイ(共に処刑)をなんとか助けようとしたり、遺された子を預かったりと後ろめたさはあったのかもしれない。

 

1818年にはカール13世が死去しベルナドットはカール14世としてスウェーデン国王に即位。今現在も200年以上繋がるベルナドット朝の開祖となった。

 

とこんな感じ。ベルナドットはめーーちゃ波乱の人生だから興味を持ってくれたらもっと詳しく読んでみて欲しい。ナポレオンの繁栄を築き、ナポレオンの繁栄を終わらせた男だった。

 

 

 

 

随想。

 

コロナによる不本意な部活の引退を迎えた。

 

見栄を張っていたが悔しくて仕方なかった。

 

今日とあるOBさんに連れられて飲みに行った。

 

全てをぶちまけ、かなり楽になった。

 

飲み過ぎで梅田から電車に乗れなさそうだったので十三駅まで歩いた。

 

淀川渡って人っ子一人いない真っ暗闇の河川敷に降り立った。

 

「あーーーーーー」と言いながら足元の石を思い切り投げた。

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はい、おしまい!完全引退。私は更なる目標に向けて進みます。

 

ヒトリノ夜

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部活を引退しました。

 

 

大学って、同じ学部の子でも授業がバラバラだし、接点少ないし、密な関係を持てるのってなかなか無い。高校の時は授業も一緒で授業前の朝の時間も授業間の休み時間も一緒なクラスのみんなが仲間っていう意識あって、それが私の安心材料でもあった。

 

 

大学では部活がそうだった。会うのは週1かもしれないけど、同じ事で同じように頑張っていける仲間がいた事は精神上とても大きいことだった。

 

 

だからこの場を去るのはとても「寂しい」。引退試合中止とかで色々な感情は芽生えているけど寂しさが一番かな。

 

 

 

 

 

 

 

なのでこれからは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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かわいいどうぶつ達と無人島生活始めます。探さないでください。

ひとり旅① 和歌山城編

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本日大阪駅で面談があって、それが終わったあと私の足は家に向かう京都線ホームではなく大阪環状線ホームに向かっていました。

 

大阪駅1番ホーム。大阪環状線内回り専用の唯一のこの乗り場は初見ではかなり分かりにくい。まず、環状線内回りの各駅停車が発着する。これは山手線とかを想像してもらったら良いだろう。しかし、途中西九条から環状線を飛び出しユニバに向かう桜島行き各停も来る。環状の理から外れた列車も環状線内回りホームを使う。さらに、途中天王寺から環状線を飛び出し奈良に向かう大和路快速なるものもやって来る。その名の通り快速。環状線に快速?ってかなり違和感がある。めちゃ遅いけど。さらにさらに、天王寺から別方向に環状線を飛び出し関西空港に向かう関空快速もやってくる。さらにさらにさらに、関空快速とよくくっついてやってくる紀州路快速は和歌山まで乗り入れる。なにがなんやら。

 

つまり、大阪駅1番ホームの行き先は

環状線内回り

ユニバ、桜島

奈良

関西空港

和歌山

の大まかに5通りもある。ヤバい。

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んでなぜ今日和歌山に行ったかって、ホーム登ったら来た電車が紀州路快速だったから。多分大和路快速が来てたら奈良の大仏でも見に行ってたと思う。行き当たりバッタリの旅が私の好み。

 

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初めて和歌山を歩いたけど、道路めちゃ広い割に車スカスカやなーっていう印象。町割りが綺麗で遠くまで見通せる。和歌山駅から和歌山港を目指して歩くことにしたが、途中で結構遠いことに築いたので道沿いにある和歌山城を目的地とすることにした。

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徳川御三家紀州藩の居城和歌山城天守は火事で焼けて再建されたものだけど、立派な石垣は当時のまま。

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解説文には紀州平定した秀吉が1585年に建てたとか。紀州って大阪のすぐ近くなのに平定されたの結構後なの意外ですよね。根来衆とか雑賀衆とか国人勢力多くて統一者がいない地方は平定が難しいってことか。ここ和歌山城は築城名人の藤堂高虎が初めて作った近代的な城らしい。確かに伊賀上野城と石垣の高さや堀の構え方が似てるなーとか思ったり思わなかったり。

 

天守の近くには撮影スポットが用意されていた。逆光と電線がちょい残念。

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帰りは南海電車で帰った。南海はその名の通り海沿い走るから景色が良いね。個人的には阪和線山中渓駅辺りの山間風景と、その遥か上に聳え立つ高速道路の圧倒的人工物のアシンクロナスさとかもめちゃ刺さった。

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まことのバイト録 ④

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↑不正解でした

 

 

客A「うちの後輩にめっちゃ似てんなあんた。なんていうか名前や?」

 

私「牟田と申します。」

 

客A「むた…?むた……?へんな響きやの〜聞いたことあらへんな」

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客A死亡

 

客B「九州の出身やろ。」

 

私「そうです、佐賀から来ました。もしかして九州出身の方ですか?」

 

客B「いや、へんな苗字はだいたい九州やから。」

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客B死亡

 

客C「佐賀ええとこやんなぁ。行ったことあるで。」

 

私「本当ですか?なかなか佐賀に来てくれる方少ないので嬉しいですね。」

 

客C「くまモンが椅子引いたのはやり過ぎやと思ったけどなぁ。」

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客C死亡

 

ってかくまモンって響きをどう勘違いしたら佐賀になるねん

かっこいい国名紹介!

 

就活楽しいな、、。今回はごくわずかな人の心にしか届かない世界史の話。興味ない人は虹でも見ていてください。

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世界史の中にはたくさんの国名が出てくる。公国、王国、帝国、ハン国、マリク国、伯国…。その中でかっこいい名前の国名をいくつか紹介。やっぱカタカナ語ってかっこいい。

 

・夏

中国王朝殷の1個前。「か」が国名ってめちゃオシャレ。殷の紂王は有名だけど、夏の桀王も凄まじい。殷と夏の滅亡の流れってめっちゃ似てるしやっぱり創作。

 

神聖ローマ帝国

神。

 

アストゥリアス王国

イスラーム勢力から逃げた西ゴート王国の貴族が建てた国。イベリア半島史もかなり面白いからいつか書きたいね。

 

レオン王国

アストゥリアス王国の後継。後にカスティーリャと同君連合化してスペイン王国にも繋がっていく。

 

トレビゾンド帝国

第4回十字軍のコンスタンティノープル占領により一時滅んだビザンツ帝国亡命政権。周りにボコボコにされながらも実は再興したビザンツ帝国(〜1453)よりも長続きしてる。でも滅ぼしたのはやはりオスマン

 

・ハーリチ・ヴォルイーニ大公国

ルーシ諸国の二つ、ハーリチとヴォルイーニが合体。名前長い=かっこいいの法則。後ポーランド王国くとリトアニア大公国に分割併合された。

 

フィオレンティーナ共和国

フィレンツェ共和国を支配していたメディチ家が一時追放された時の国名。後にメディチ家は再興して神聖ローマ皇帝からフィレンツェ公の称号を得てフィレンツェ公国になる。

 

トスカーナ大公国

大公国って響きがかっこいい。オーストリア大公国(自称)、ルクセンブルク大公国リトアニア大公国フィンランド大公国…など。さっきのフィレンツェ公国シエナを併合して成立した国。

 

セルビア・モンテネグロ

ユーゴの名残。長い名前はカッコいいの法則。私が幼稚園の頃、世界地図を覚える時間があって(今思えばすごい幼稚園だった。私立とかでもなんでもないけど)、その時に出てきたのをよく覚えてる。小学校では世界地図に触れる機会無かったから、後になってセルビアモンテネグロが分裂したのを知って驚いた。しかもセルビア・モンテネグロの連合時代って2003(私が幼稚園年長)〜2006の4年間だけで、まぁなんと貴重な時間だったんだなぁと。

 

ボスニア・ヘルツェゴビナ

旧ユーゴ。同じ旧ユーゴのセルビア・モンテネグロと響きも良く似てる。オスマン帝国イスラーム勢力を置き残しちゃった国。