進撃の巨人最終巻読んだ。
ネタバレしか含みません。
ユミル…フリッツ王の奴隷として扱われながらも、フリッツ王への愛から逃れられない。→ユミルが「道」でユミルの民を巨人にし続ける理由。始祖の巨人≒フリッツ王への愛の束縛
アッカーマンはおそらくユミルのせめてもの抵抗から生まれた一族。だから始祖の巨人で操れない。王政がアッカーマンを根絶やしにするのもそのため。
ミカサはエレンにマフラーをもらい、愛に目覚める。そしてそれを覗くユミル(愛の束縛の開始)。ミカサは一途にエレンを愛し、戦う。つまりユミル≒ミカサ。だが最終的にミカサは愛するエレンを殺すことを選んだ(愛の束縛からの解放)。これでユミルもフリッツ王への束縛から解放され、巨人を作らなくて済むようになった(ユミルの民の巨人能力消滅)。
エルディア人の背負う原罪などにより常に物語中でネガティブとして出されてきた「生まれて来なければ良かった」ことへの否定。「かけっこするだけで良かった」「キャッチボールするだけで良かった」。意味のない行動の中に喜びがあり、それを感じるために生きていくことの肯定。
でも、結局この物語を始めたのはグリシャ。気球を見に行った当時進撃の巨人を継承していないことから、完全に独断でこの行動を起こし、全てが狂い始める。
エレンクルーガー「これはお前が始めた物語だろ」
エレンイェーガー「これは父さんが始めた物語だろ」