世界史まとめ① ブルゴーニュ地方の変遷
図式化して分かりやすくするのが好きなので完全な自己満足ですが、誰かのニーズに合えば幸いです。
今回は変遷が著しいブルゴーニュ地方をまとめました。
ブルゴーニュの語源となったのは大移動したゲルマン民族の1派である「ブルグント人」。彼らは西ローマ帝国内でブルグント王国を興し、西ローマ帝国滅亡後フランク王国によって併合されブルグント人という特性は失われブルゴーニュという地名でのみ残った。
フランク帝国の分割相続の影響によりブルゴーニュは分裂と合体を繰り返し、大まかにフランス王国領のブルゴーニュ公領と神聖ローマ帝国領のアルル王領に分かれた。アルル王領からは次第に諸侯が分離していき、それぞれが婚姻などによってフランス王国に統合されていった。フランス王国のブルゴーニュ公はフランス王家のヴァロワ家が継いだが、度々フランス王国に反抗した。ブルゴーニュ公はネーデルラント諸侯を婚姻等によってまとめあげ大勢力を誇ったが、ブルゴーニュ戦争に敗れ大半がフランス王国に回収され、残りはハプスブルク家に継承される。
スペイン・ハプスブルク家断絶後スペインにはフランスと同じボルボン王家が成立し、ブルゴーニュ地方もフランク王国支配に戻っていった。