都紀女加王墓前バス停で待つ。

長崎生まれ佐賀育ち 中高福岡大阪在住 完全趣味の自己満足ブログ。 @tsuki_mecha2000

文公という男

 

前回→https://tsuki-mecha.hatenablog.com/entry/2019/11/09/210007

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↑うちの店長のチョコアート。楊端和。

 

男シリーズ第8弾。今回は春秋五覇の1人、晋の文公。

 

文公の名前は重耳という名前で、晋の王家の出身だった。重耳には2人の兄と1人の異母弟がいて、その異母が異母弟を王位に付けようと謀略をめぐらした。結果兄は自殺しもう1人の兄と重耳は国外逃亡、異母弟が王に即位。重耳は再び王として戻ってくることを夢見てここから長〜い逃亡生活が始まる。

 

重耳は出発の時、奥さんに「25年待って私が帰ってこなかったら別の人と結婚しなさい」と言って北方異民族に預けた。奥さんは「25年経ったら私の墓に大きな木が生えてしまっているでしょう、しかし必ずお待ちしています」と答えて見送った。

 

重耳は晋から衛に逃げたが衛は歓迎しなかったので斉に向かった。時の斉王は桓公春秋五覇の筆頭だ。桓公は重耳に屋敷と妻を与えてもてなした。重耳はいつしか野望を忘れ斉でのんびり5年を費やした。これに呆れた重耳の付き人達は重耳が寝てるうちに斉から連れ出した。斉で作った妻もこれに協力した。目が覚めた重耳は激怒したが、「王となる野望を忘れたか」と諭され仕方なく受け入れた。重耳は若い頃から名士を好み側においていた。彼らが重耳の大きな助けとなっていた。

 

次に曹に向かい冷遇され、その次に向かった宋は楚との戦争で疲弊しているにも関わらず重耳をもてなした。後にその敵の楚にも向かったが、その時楚王から「この歓迎のお返しに何をくれるか」と重耳に問うた。重耳は「もし楚と戦をすることになったら三舎退きましょう」と答え、楚王は笑った。三舎とは3日で軍が進める距離のことである。

 

その頃晋では異母弟の王がクーデターで倒れ、秦に亡命していた兄が新王として即位。これは保護元である秦に無断で行ったことで、秦王はこれに激怒。楚にいた重耳に秦の軍勢を貸し与え、晋に攻め込ませた。

 

晋国民は皆重耳の帰国を待っていたためほぼ無血で重耳の新王即位が認められた。こうして晋の文公が即位。放浪期間19年。文公は北方異民族に預けていた奥さんをしっかり連れ戻した。

 

その後は冷遇した国をボコボコにし歓迎した国には援助を与えた。宋と楚の戦は依然終わらず、文公は宋に味方し楚と戦う。この時、文公は圧倒的に有利に戦いながらもしっかり約束を守り三舎退いた。このせいで戦局は大きく変わったが結果文公が勝利。この戦が文公が覇者として認められるキッカケとなった。

 

「文」っていう諡号が与えられるのは相当の功績を残した人だけ(他に良いのは武とか孝、良くないのは霊、湣)。多くの苦難を乗り越えた、桓公とならぶ春秋五覇の筆頭。